過去の掲載記事
ここでは過去に新聞や雑誌に載った内容を載せています.


2003年9月15日 九大学生新聞より
毎日ジャパンカレッジカップ 九大F.C.DIEGOが優勝
全国の大学サッカー同好会のチャンピオンチームを決める、第九回毎日ジャパンカレッジカップ(毎日新聞大阪開発主催、守山市サッカー連盟共催、毎日新聞社、ガンバ大阪後援)の第三ステージ決勝が九月三日、滋賀県近江八幡市の市立運動公園で行われた。決勝に進んだ九大生によるチーム「九大F.C.DIEGO A(=写真)」が「京都産業大ヴォルケイノA」と対戦。2−0で快勝し、見事優勝を飾った。
「九大F.C.DIEGO」は九三年に結成された九大生が中心のサッカーサークルで、総勢六十名ほど。九六年のトヨタチャレンジカップ全国大会で準優勝を飾るなど、同好会ながら福岡の強豪チームとして知られている。

2003年9月4日 毎日新聞より
九大サッカーチームが優勝 毎日ジャパンカレッジカップ
「第9回毎日ジャパンカレッジカップ」(毎日新聞大阪開発主催、守山市サッカー連盟共催、毎日新聞社、ガンバ大阪後援)の第3ステージ決勝が3日、滋賀県近江八幡市の市立運動公園であった。「九州大F.C.DIEGO A」が「京都産業大ヴォルケイノA」を2-0で破り、優勝した。3位は「愛知学院大A.G.U」だった。

2002年8月31日 毎日新聞より
九州大学FCが第2ステージV 毎日ジャパンカレッジカップ
西日本の大学のサッカー同好会が集う第7回毎日ジャパンカレッジカップ(毎日新聞大阪開発主催、毎日新聞社、ガンバ大阪、守山市サッカー連盟後援、モルテン、ディーシーカード、日本ツーリスト協賛)の第2ステージ決勝が30日、滋賀県守山市の佐川パークグラウンドであり、「九州大学FC DIEGO A」が「甲南大学LUZ」を2-1で破って優勝した。3位は「山口大学ALICIA B」だった。第3ステージは9月2〜4日に行われる。

 
2002年3月24日 毎日新聞より
九大のチームが優勝 毎日ジャパンカレッジカップ
 大学のサッカー同好会82チームが頂点を目指して戦った第6回毎日ジャパンカレッジカップ(毎日新聞大阪開発主催、毎日新聞社、ガンバ大阪など後援、日本ツーリストなど協賛)のファイナルステージが23日、滋賀県栗東市の野州川運動公園陸上競技場で行われた。5〜20日の予選ステージを勝ち抜いた3チームによる総当りの決勝リーグを行い、九州大学F.C.DIEGO Aが関西大学SFC'78を2-0、甲南大学FC KAIZERを3-1と連破し優勝した。2位は関西大SFC'78、3位は甲南大FC KAIZER。

2002年3月15日 毎日新聞より
九大の同好会V 西日本カレッジカップサッカー
西日本の大学のサッカー同好会が集う第6回毎日ジャパンカレッジカップ(毎日新聞大阪開発主催、毎日新聞社、ガンバ大阪など後援)の第2ステージの決勝が14日、滋賀県守山市であり、「九州大学FC DIEGO A」が「同志社大学FCパルティーレ」を2-0で破り優勝した。3位は「中京大学Seieno Ciel」。第3ステージは18日〜20日に開かれる。

2001年8月31日 毎日新聞より
カレッジカップサッカー九大のチームが初優勝
 西日本の大学のサッカー同好会・サークルが競う毎日ジャパン・カレッジカップ九州大会(毎日新聞大阪開発主催、毎日新聞社など後援)は30日、宮崎県西都市の清水台総合公園で決勝があった。「九州大学F.C.DIEGO A」が2−0で「大阪経済法科大学F.C.SIGURD」を破り、初優勝した。
 九大の青山斉史主将(3年)は「優勝を目指していたので、本当にうれしい。飛び抜けた選手がいないなか、全員まとまったチーム力の勝利だと思う」と喜びを表した。また最優秀選手には、決勝での2点を含む6点を挙げ得点王にも輝いた同チームの野田英樹選手(九大大学院1年)が選ばれた。
 大会は九州、四国、中国、関西から20チームが参加。これまで同様の大会が開かれていたが、九州などの学生が参加しやすいよう、九州では初めて開催した。


1999年2月1日 スポニチより
「第27回福岡市長杯サッカー大会(スポーツニッポン新聞社後援)兼第12回福岡市民総合スポーツ大会」は31日,福岡県粕屋郡の久山犬鳴グラウンドで5回戦,準々決勝の12試合に熱戦が展開され,FC.ELAN,FC.GOALUS,グリーンラビッツ,七隈マスターズの4チームがベスト4に進んだ.なお準決勝,決勝は2月7日,平和台陸上競技場で行われる.


1999年1月25日 スポニチより
「第27回福岡市長杯サッカー大会(スポーツニッポン新聞社後援)兼第12回福岡市民総合スポーツ大会」は24日,福岡市の西南学院大グラウンドで4回戦16試合が行われ,FC.ELANが大量の7点を挙げる猛攻で留学生FCに7-1と大勝してベスト8入りした.


1998年12月22日 スポニチより
160チームが参加する新春恒例の「第27回福岡市長杯サッカー大会(スポーツニッポン新聞社後援)兼第12回福岡市民総合スポーツ大会」は1月10日,福岡市の西南大学百道浜グラウンドなどで開幕,頂点を決める決勝と準決勝は2月7日に同市の平和台陸上競技場で行われる.
旧年は創部8年目で初出場だった北九州市のクラブチーム,MOAI'Sが見事に初優勝を飾った.メンバーは20歳代後半の社会人が中心だが,決勝では現役九大の生の強豪FC.ELANを相手に延長PK戦に持ち込む死闘の末に挙げた快挙だった.
また・・・以下略.


1998年2月12日 スポニチより
MOAI'Sが初出場初優勝!「第26回福岡市長杯サッカー大会(スポーツニッポン新聞社後援)兼第11回福岡市民総合スポーツ大会」の準決勝,決勝が11日,福岡市の西南学院大・百道浜グラウンドで行われた.ともに初優勝を狙うMOAI'SとFC.ELANで争われた決勝では,両チーム無得点で延長でも決着がつかず,PK戦の末にMOAI'Sに凱歌が上がった.表彰式ではスポーツニッポン新聞西部本社・杉和明事業部副部長から記念の盾と賞状が贈られた.
長い長い死闘にピリオドを打つPK戦の9本目.判断いい右へのジャンプで相手のシュートを封じ込めたGK・橋本は,一目散にイレブンの元へ駆け寄った.グラウンド中央で歓喜の輪ができる.MOAI'Sが成し得た初出場・初優勝の快挙の瞬間だった.
耐えて耐えて,つかんだ栄冠だった.「体力的な差はどうにもならなかった.押されっぱなしでしたね」と井上修監督(28)が振り返るように,序盤から終始,相手のペース.20代後半の社会人中心でメンバーを組むMOAI'Sと現役九大生のFC.ELAN.年齢から来る体力差が13本対6本というシュート数の差にも表れていた.
だが,・・・以下略.


1997年12月22日 スポニチより
新春恒例の「第26回福岡市長杯サッカー大会(スポーツニッポン新聞社後援)兼第11回 福岡市民総合スポーツ大会」が1月11日に福岡市の西南大百道浜グラウンドなどで開幕する.160チームが参加する大会はサッカー愛好家にとってまさに「一年の計は福岡市長杯にあり」.練習を積み重ねた精鋭も,仕事が忙しかったサラリーマンも「必勝」の2文字を念頭に炎を燃やす.
W杯イヤーというからではないが注目はやはり”多国籍軍団”の「留学生FC」だ.福岡市1部リーグのし烈な戦いを勝ち抜き見事に優勝を飾った実力はV候補筆頭といって過言ではない.外国人特有のしなやかなボールさばき,力強い突破力などタレントは豊富.悲願の初優勝も夢ではない.
これに対抗するのは過去に優勝経験のある七隈トンビとカラスの兄弟チーム.1部リーグで留学生FCに小差の2位に甘んじたカラスは順当に行けば準々決勝で留学生FCと雪辱戦を行うことになる.また,リーグ戦で最後まで競り合って3位のバルセロナも世代交代が順調に進み上位進出をうかがう.
組み合わせで泣いたのが昨年トヨタ・チャレンジ杯で全国2位に入ったFC.ELAN.こともあろうに1回戦で”2軍”のONE HEARTとつぶし合うハメになった.その他の有力チームは三宅クラブ,・・・以下略.


1997年7月28日 西日本新聞より
トヨタチャレンジカップ'97全国クラブチームサッカー選手権の県大会(西日本新聞社後援)の準決勝と決勝が27日,福岡市早良区の百道浜グラウンドで行われ,九州大学のサークルFC.DIEGOが優勝した.同チームは9月27日から鹿児島県国分市で行われる九州大会に出場する.
決勝戦は同チームと社会人主体の江戸政クラブとの初出場同士の対戦.DIEGOがスピードを生かして敵陣で優位に試合を進めたが,江戸政クラブのGKの好セーブに何度も阻まれて両チーム無得点のまま延長戦へ.
延長戦では双方激しい攻防を展開したが,ともにゴールを奪えずPK戦となった.PK戦も互いに譲らず8人目までもつれこんだがDIEGOが7-6で優勝を決めた.


1997年7月14日 西日本新聞より
トヨタチャレンジカップ'97全国クラブチームサッカー選手権の県大会(西日本新聞社後援)が13日,福岡市早良区の百道浜グラウンドで開幕,1回戦4試合を行った.
日本サッカー協会に加盟している県内のクラブ20チーム,約400人が参加.トーナメント形式で行い,優勝チームは,9月27日からの九州大会に出場する.
1回戦では,九州大学の学生主体のFC.DIEGOと筑後クラブが対戦.DIEGOはスピードと体力を生かしゴールを狙うが,GKの好セーブに阻まれた.
筑後市内の社会人主体の筑後クラブは,カウンターと大きくサイドに展開する攻撃で応戦.両チームDFを破れず,0-0からPK戦へ.DIEGOは5人目の越智雅和主将(21)がゴール左サイドにきっちりと決め,4-3で勝利を収めた.
越智主将は,「相手に押され気味だったが,仲間の応援に助けられた.サッカーを楽しみながら,九州大会を目指したい」と話ていた.


1997年2月11日 スポニチより
第25回福岡市長杯兼第10回市民総合スポーツ(サッカー)大会(後援・スポーツニッポン新聞社)は9日,百道浜グラウンドA,Bで4回戦,準々決勝が行われた.その結果,ONE HEART,レックスフットボールクラブ,光陽クラブ,久山クラブが準決勝に勝ち進んだ.


1997年1月13日 スポニチより
FC.ELAN初VへGO5点
全国大会準V!強い”台風の目”貫禄!完封発進
第25回福岡市長杯サッカー(兼第10回福岡市民総合スポーツ大会冬季大会)=スポーツニッポン新聞社後援=が12日,福岡市早良区百道浜の西南大グラウンドと粕屋郡久山町の久山犬鳴グラウンドで開幕した.前年覇者のスプリントFCやモモチハマーズなどの上位常連チームは順当に勝ち進んだが,県リーグ所属の三宅クラブが緒戦敗退の波乱.”台風の目”として注目を浴びているFC.ELANは5-0でFCラテンを下して3回戦に駒を進めた.
昨年12月に行われた全国の”草サッカー”の殿堂「トヨタ・チャレンジカップ」で堂々の全国2位に輝いているFC.ELANが貫禄の5-0で緒戦を突破した.
「なぜ,強いか,実はみんなわけがわからない」大串主将が言うように福岡市リーグでは下位の7部リーグに所属しており,突然変異のように昨年ブレークした.前述のようにトヨタ・チャレンジカップで準優勝,続く日産杯フットサル福岡県予選決勝では,前年の市長杯覇者FCスプリントにVゴール負け準優勝と”杯”ものにめっぽう強い.
もともとは兄弟チームのFC.DIEGOとともに九大の愛好会が主体.「ELANの方が主力で今年のチームは特にいいメンバーが集まったのは確か」と大串主将は自らのゴールを含めた5得点に手応えの笑顔.「高校サッカーで全国に行ったヤツもいないけど,今年はチャンス.パッと優勝したい」.台風の目が勢力を拡大しながら初Vへ突き進む.


1996年12月23日 スポニチより
強豪FC.ELANに注目
新春恒例!福岡サッカー狂160チームが大結集.おとそ気分もさめやらぬ1月12日から開幕する第25回福岡市長杯兼第10回市民総合スポーツ大会(スポーツニッポン新聞社後援).今年も腕ならぬ足をぶす強者160チームが激闘を繰り広げる.その歴史も4半世紀を数え,充実の福岡市長杯.その頂点に立つのは?
嵐の予感である.チーム数は西南・百道浜グラウンドに今年から久山・犬鳴グラウンドが加わって160チームが戦うのに十分な施設がある.過去,会場探しに苦心した福岡サッカーメンたちの胸騒ぎとは一体・・・.
それはFC.ELANの存在だ.箱崎周辺の愛好家が集まった同チームは福岡市の7部リーグに所属.「な〜んだ下部リーグか」と思うなかれ,実にリーグ13勝無敗はもとより通算93得点2失点の実績.これでもか!とばかりに付け加えるならば全国市民サッカーの「トヨタ・チャレンジカップ」では鹿島スタジアムで激闘の結果Vゴール負けの全国2位.さらに「日産フットサル福岡予選」でも強敵を撃破して”あわや”の準優勝をおさめているのだ.
得失点差13試合91点という恐るべき破壊力は兄弟チームとの再編成.福岡市長杯の運営を行いながら毎年ひそかに優勝を狙うFCバルセロナの福岡県サッカー協会の面々も「強い,強すぎる」とうめくチーム力となった.
もちろん七隈トンビーズ,同マスターズの「七隈軍団」やモモチハマーズ,オール西南学院といった「西南OB勢」の上位常連組も黙ってはいまい.市リーグでは下位に甘んじているチームもFC.ELANよろしく大物食いに虎視耽々.決勝が行われる2月11日まで目が離せない状況となった.


1997年3月 九州大学新聞より
FC.ELAN全国大会準優勝
「たった1つのボールから始まった小さなサッカーサークルが,わずか結成4年目にして,日本の頂点までのぼりつめたーーー.」
こんな,嘘のような,少年マンガの題材にでもなりそうなサクセスストーリーが,現実にあった.九州大学のサッカーサークルF.C.DIEGO(ディエゴ)のことである.去る1996年12月,茨城県鹿嶋市において,日本の草サッカーの頂点を決める「1996年度 トヨタチャレンジカップ 全国大会」が開催された.そして,その大会で「F.C.DIEGO」は,あの鹿嶋アントラーズのホームスタジアムである鹿嶋スタジアムで,決勝を戦い,フジテレビのプロ野球ニュースや,各種スポーツ新聞などで既に報道された様に,みごと準優勝に輝き,名実ともに全国トップチームの仲間入りを果たしたのである.
果たして,ここに至るまでのストーリーは?そして,その過程において,どのような苦労があったのか?
今回は,この九大が日本に誇る全国トップレベルのサッカーサークル「FC.DIEGO」のたどってきた軌跡を追ってみることにする.
まず,「FC.DIEGOとはどんなチームか?」と,いうことから説明させていただこう.
F.C.DIEGOはJリーグが開幕し,爆発的ブームが巻き起こった,1993年4月,法学部の当時2年生2人と,ポスターを見て集まってきた1年生有志によって結成されたという,まさに手作りチームである.
ちなみに,チーム名は,アルゼンチンの生んだ世界サッカー界の至宝,ディエゴ・マラドーナの「ディエゴ」から(創始者がファンだったため)つけられたのだという.
結成当初は,なかなかチームのスタイルが確立しておらず,練習に3人しか来なかったり,マネージャーと選手の数の比が1:1の日があったり(つまり,それだけ練習にきてる人が少ない!)といった,さまざまな苦労があったそうである.しかし,学園祭での成功を機に団結を深め,94年1月には総参加チーム128という大規模で開催された「福岡市 市長杯」において初出場ながら,ベスト8まで勝ち進み,強豪としての第一歩を踏み出した.94年春からは,社会人リーグに加盟.人数の増加にともない,物資面,制度面なども整備され,徐々にサッカーチームとしてスタイルを確立していった.
本職のサッカーにおいて,リーグ戦では毎年優勝を重ね,異例のスピードで昇格.前出の市長杯では,年々参加チームが増加しているにも関わらず,現在に至るまで,3大会連続ベスト8入りを果たし,全国的にレベルの高い福岡においても,強豪チームとして注目される存在となった.
サッカー関係者もこの輝かしい経歴には,「素晴らしいの一言につきる」とコメントしている.
そして,今回DIEGOの歴史に,新たに刻まれたのが,先に延べた通り「トヨタチャレンジカップ」の全国大会準優勝である.
この大会は,草サッカーチームの全国ナンバー1を決める大会で,DIEGOは,7月の福岡県予選・9月の九州大会を勝ち抜き,九州代表として,続く12月の全国大会でその栄光を勝ち取ったのである.
現在,チームは残された最後の目標である,1月に行われる「福岡市 市長杯」の制覇に向けて練習に励んでいる.全国大会準優勝なら「福岡市の大会など楽勝」と思われがちだが,実は,福岡市は全国的に見ても非常にレベルが高く,決して油断はできないとのこと.九州大学の代表として,是非健闘を期待したい.
さて,今春卒業予定のある上級生は語る.「今の1年生・2年生の数が非常に少なく,春からは,試合に人数が足りなくなるかも知れない.次の世代を背負う人材がウチには是非もっと必要だ」今や3つの登録チームを持つ「F.C.DIEGO」だが,チームを引っ張ってきた4年生が卒業し,3年生が進級にともない学業に専念するため,ここに来て,全国準優勝チームらしからぬ,人材不足という不安も抱えているようだ.
これを読んでいる今春入学(予定)の皆さん!筆者の予測では,入学即レギュラーということもありそう.サッカーの好きな方,やろうと思っている方,大学生活を捧げるのに,このサークルは狙い目かも知れませんゾ.


1997年 サッカーマガジン No589より
ELANのキックオフで開始された優勝決定戦は,序盤,両チームともにカシマサッカースタジアムの緑鮮やかなピッチに立った緊張感が抜け出せないせいか,やや堅さが目立つ展開となった.前半10分すぎから津田のサイドを使ったオープン攻撃でチャンスを作る場面が多くなり,前半16分,本脇からのロビングボールを小林がヘディングシュートを放ったが相手ゴールキーパーの好守で決定的なチャンスを逃した.
一方のELANも前半24分鷹野がゴール中央からシュートを放ったが得点ならず,両チーム無得点のまま前半終了.
後半は津田が中盤を支配し,数多くチャンスを作るが決定力を欠き,ELANも時折攻撃を仕掛けるが,中盤からの押し上げがなく,シュートまで至らず,結局後半も両チーム無得点のまま,20分Vゴール方式による延長戦に突入.延長後半の4分,津田がゴール前の混戦から茶木がVゴールを決め,運動量に勝った津田が優勝を決めた.





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